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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4001号 判決 1973年10月18日

原告 篠喜三郎

右訴訟代理人弁護士 高橋勉

同 水川武司

右訴訟復代理人弁護士 坂巻国男

同 岡田宰

被告 加藤新八郎

右訴訟代理人弁護士 山近道宣

被告補助参加人 高橋松三郎

右訴訟代理人弁護士 雨宮真也

同 飯田秀人

主文

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を収去して同目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和四六年四月三〇日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金三、九二〇円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、参加によって生じた分を参加人の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を収去して同目録記載の土地を明渡し、かつ、金一三六、二二〇円および昭和四五年八月一四日から右土地明渡ずみに至るまで一か月金三、九二〇円の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

(一)  原告は、被告に対し、昭和四一年一二月一二日原告の所有に係る別紙物件目録記載の土地(但し、私道部分を含めて四九坪)(以下本件土地という)を、期間二〇年、賃料一か月金三、四三〇円、毎月二八日限り原告方へ持参払、目的普通建物所有の約定で、賃貸した。

なお、その後当事者間の合意により賃料は昭和四三年五月から一か月金、三、九二〇円に値上げされた。

(二)  被告は本件土地上に別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を所有している。

(三)  被告は昭和四二年七月分からの賃料を支払わないので、原告は被告に対し昭和四五年七月二〇日付翌二一日到達の郵便をもって昭和四二年七月分から昭和四五年六月分までの延滞賃料合計金一三六、二二〇円の支払の催告をしたが、被告は依然右の延滞賃料を支払わなかった。

(四)1  そこで、原告は被告に対し同年八月一一日付内容証明郵便をもって本件賃貸借を解除する旨の意思表示をしたところ、所轄の豊島郵便局は、被告が留守のためその配達ができなかったので同月一三日被告に対し「右の郵便を保管しているから一〇日間の留置期間内にその受領の手続をすべき」旨の通知をしたが、被告において右の留置期間を徒過しその受領の手続をとらなかったため、右の郵便を原告に還付した。

ところで、意思表示は、相手方の勢力範囲内に入ったとき、すなわち、社会観念上一般に了知しうべき客観的状態を生じたときに、到達したものと解されるところ、右の保管通知がなされたときしからずとするも右の留置期間の満了したときをもって被告の勢力範囲内に入ったものと認められるから、前記解除の意思表示は同月一三日しからずとするも同月二三日被告に到達したというべきである。

2  仮りに右の主張が認められないとしても、原告は昭和四六年四月二九日被告に対し口頭でもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(五)  よって、原告は、被告に対し、本件建物の収去、本件土地の明渡を求めるとともに、昭和四二年七月分から昭和四五年六月分までの延滞賃料合計金一三六、二二〇円および本件賃貸借契約終了の日の翌日である昭和四五年八月一四日から右明渡ずみに至るまで一か月金三、九二〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

二  被告(請求原因に対する認否)

(一)  第(一)、(二)項記載の事実は認める。

(二)  第(三)項記載の事実のうち、被告が原告主張の賃料の支払をしなかったことを認め、その余は否認する。

(三)  第(四)項記載の事実のうち、豊島郵便局が被告に対し原告主張のような保管通知をしたこと、原告がその主張のように被告に対し本件賃貸借契約解除の意思表示をしたことは否認し、その余は知らない。

三  被告(抗弁)

(一)  被告は、本件賃貸借契約締結と同時に原告に対し昭和四二年六月分までの賃料合計金二三、〇八〇円を支払い、この前払により原告からその後の賃料につき支払の猶予を受けた。

(二)  被告は、昭和四六年四月下旬から同年五月中旬にかけて原告に対し昭和四二年七月分から昭和四六年四月分までの延滞賃料に遅延損害金を付して弁済のため提供したが、原告より弁護士に相談中との理由でその受領を拒絶されたので、同年五月一七日右の延滞賃料合計金一七五、四二〇円と遅延損害金一六、五二〇円の合計金一九一、九四〇円を原告に対し弁済のため供託し、なお、その後も昭和四七年六月分まで賃料の供託を続けている。

(三)  仮に原告のなした本件賃貸借契約解除の意思表示がその主張のように被告に到達しているとしても、原告は昭和四六年七月七日被告に対し本件土地の賃料の増額請求をしているから、これにより右の解除の意思表示を撤回したものと認むべきである。

(四)  なお、後記第四、(三)項記載の事実のうち、原告が数十人の借地人を有することは不知、原告が錯誤により被告に対し賃料増額請求をしたことは否認する。

仮に原告に数十人の借地人がいるとしても、原告が、一旦被告に対し前記賃料増額をしていながら、後になってそれが錯誤に基づくものであると主張することは禁反言の原則に反し許されない。

四  原告(抗弁に対する認否)

(一)  第(一)項記載の事実のうち、被告がその主張のような賃料の前払をしたことは認め、その余は否認する。

(二)  第(二)項記載の事実のうち、被告が昭和四六年五月一六日原告に対し延滞賃料の受領を求め、原告が被告主張の理由でこれを拒絶したこと、被告がその主張のとおり賃料の供託をしていることは認め、その余は否認する。

(三)  第(三)項記載の事実のうち、原告が被告に対しその主張のような賃料増額の請求をしたことは認める。しかしながら、原告には数十人の借地人がおり、原告は、一斉に右の借地人らに対し地代増額の請求をしたのであるが、たまたま誤って被告に対しても同様にその請求をしてしまったのであって、錯誤による無効のものというべきところ、原告は念のため昭和四六年一二月二二日被告に対し右の増額請求を取消す旨の通知をした。

第三証拠の関係≪省略≫

理由

原告が、昭和四一年一二月一二日その所有の本件土地を、期間二〇年、目的普通建物所有、賃料一ヶ月金三、四三〇円毎月二八日限りその月分支払の約定で、被告に賃貸したこと、その後昭和四三年五月分から右の賃料が一ヶ月金三、九二〇円に当事者間の合意により増額されたこと、被告は本件土地上に本件建物を所有していること、被告が右賃貸借契約と同時に原告に対し昭和四二年六月分までの賃料合計金二三、〇八〇円を前払したが、その後の賃料を支払わなかったことは、当事者間に争いがない。

そして、昭和四二年七月分以降の賃料の支払につき猶予された旨の被告主張の事実についてはこれを認めるに足りる証拠がなく、また、≪証拠省略≫を綜合すれば、原告は被告に対し昭和四五年七月二一日到達の郵便により昭和四二年七月分から昭和四五年六月分までの延滞賃料合計金一三六、二二〇円の支払を催告したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

次に、原告は「同人が被告に対し昭和四五年八月一一日付の内容証明郵便をもって本件賃貸借契約解除の意思表示をしたところ、右の郵便は留置期間経過の理由で原告に還付されているが、所轄郵便局は、同月一三日被告に対し、右の郵便を保管しているにつき留置期限の同月二三日までにその受領の手続をとられたい旨の通知(不在配達通知)をしているから、右の通知がなされたときしからずとするも留置期間の満了のときをもって前記意思表示が被告に到達したものと認むべきである」旨を主張するけれども、右のような場合に、郵便の名宛人は、特段の事情がない限り、郵便局から不在配達通知を受けたからといって、当該郵便受領の手続をとらなければならない義務を何人に対しても負うものではないから、右の通知を受け、更に、留置期間を徒過したとしても、右の郵便が社会通念上名宛人において了知しうべき状態に置かれたものとは解し難いから、原告の右の主張は採用できない。

しかしながら、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は昭和四六年四月二九日口頭により被告に対し本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そして、被告が右の解除の意思表示を受ける以前に原告に対し延滞賃料を支払のため提供したとの事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

そこで、右の解除の意思表示が撤回された旨の被告の抗弁について判断する。

原告が被告に対しその主張のように賃料増額の請求をしていることは当事者間に争のないところであるが、≪証拠省略≫を綜合すれば、原告には約一〇〇人の借地人がおり、その地代を増額することとしたのであるが、これらの借地人に対し一斉に増額請求の手続をとったことやこの手続を原告の妻や娘に委せたこと等の事情からたまたま誤って被告に対しても増額請求の通知書が発送されてしまったこと、その後原告は、被告より右の抗弁を提出されてはじめて右通知書の誤送に気付き、直ちに被告に対しこれを取消す旨の通知をしていることが認められるから、原告が被告に対しその主張のように賃料増額の請求をしたからといっても前記解除の意思表示を撤回したとは到底認められず、また、原告がこの増額請求は錯誤に基づくものであると主張しても何ら禁反言の原則に悖るものではない。

したがって、本件賃貸借契約は昭和四六年四月二九日限り解除により終了したものといわざるをえない。

ところで、被告が同年五月一六日原告に対しそれまでの延滞賃料の受領方を求めたところ、原告が弁護士に相談中であるとの理由でこれを拒絶し、被告は翌一七日その主張のとおり延滞賃料を供託したことは当事者間に争がないから、原告主張の延滞賃料債権は供託により消滅している。

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し、本件建物の収去、本件土地の明渡および昭和四六年四月三〇日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金三、九二〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める限度で理由がありこれを認容することができるけれども、被告に対しその余の賃料相当損害金および延滞賃料の支払を求める部分は理由がなく棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九四条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 真船孝允)

<以下省略>

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